ちるえさんの自由帳

1年間休学してタイ山奥のNGOでボランティアをしたトビタテ院生の日々と頭の中とお絵かき

ミラーに里帰り:ロジカルとエモーショナルの狭間から

こんばんは、ちるえです。

 

先日母校で卒業生として偉そうに在校生を前に話をしたのですが

「ブログ見てます!!!!」という嬉し恥ずかしな後輩からの告白を受けました←

 

ミラーに行っていたのも既に2年前になってしまい、当時書いていたことの多くが

目も当てられないような思い出になってしまったり

あー自分おもろいこと気づいてるやんけ、と少しだけ感心してしまったりする

このブログですが

 

考えていることの記録という意味では、何を書いても面白いということで

思い立った時に書きたいことを書いてみる次第です。

 

 

 

何について書こうか考えてみた結果、ミラーに行った時に考えたことについて書きたいと思います。

 

 

先日社会人になって初めての夏休みを取り(夏休みというものは存在せず、有給を組み合わせて5連休にした)

弾丸でミラーに行ってきました。

 

1年半ぶりのミラー。気分は里帰り。

 

会社から直行で羽田に向かい、今回はクアラルンプール経由で入国しました。

チェンライに降り立った時の、ほっとした気分といったら・・・

 

 

弾丸ツアーながらやりたいと思っていたこと以上に色々なことが出来て大満足でした。

・ソムタムたべる:いっぱい食べた

・パッションフルーツたべる:いっぱい食べた

・あそーさんのナームプリックたべる:アカ族のハーブと共にいただいた

・竹の虫たべる:旬だった

・子どもたちと再会:アルバイトしてたり、子どもが生まれたり…

・ミラーのスタッフと再会:みんな相変わらず

・マッサージ屋のおばちゃんと再会:覚えててくれて嬉しかった

・良く行った食堂のおばちゃんと再会:覚えててくれて嬉しかった

・ユースック村に行く:アウトドアで鉈で枝切りもした

・プーチーファー(絶景スポット)行く:山最高

・さくらさんあそーさんとおしゃべり

・現ボランティアリーダーの子と語り合い(実は色々あって彼女がミラーに行く前に一度会った。笑)

・杏ちゃんと遊ぶ:いたずらっこでした・・・!!!!

 

などなどなど・・・・

 

盛りだくさんながら、のんびり、ゆっくり、まったり、ほっこり・・・

とかく最高だった・・・

 

 

というのも、最近会社でものすごい忙しくて、毎日がいっぱいいっぱいで

カレンダー通りの休みながらもなんだかんだ休まらなかったりして

毎日が楽しくないわけではないけど「いい加減休みたい…」という思いが

ふつふつしていた末の夏休みでした。

 

色んな意味で良い切り替えタイミングを得ることができました。

 

会社で疲れるな、と思うことのひとつに

「ロジカル」という概念があります。

ロジカルがなんたるか、みたいなことは各自でググっていただきたいのですが

個人的に会社の人が言っている「ロジカル」の内実というかニュアンスというものは

言葉とか数値とかの枠組みを使って、何かを表現することを指しているように感じている。

巷ではロジカルシンキングが流行ってるし、プログラミングなんてまさにロジカル。(やってみると分かるが、「こういう時にこういう動きをしろ!」って全部言葉で表現されて、世の中のウェブページとかは出来上がっていて、ちょっとでも書き方を間違ったりすると動かなくなったりする)

 

ロジカルの逆はエモーショナルらしい。

そして私はエモーショナル人間らしい。

ロジカルでないので時々エモーショナルな言葉を使っていることを改善点として指摘されたりして、うっ。。となる。

 

つまるところ、私の言ってることが分からないそうだ。

私も周りの人の言ってることが時々分からなくなる。

 

同じ日本語話してるはずなのに、同じ単語を使っても、同じ意味として相手に使えない、通じ合えない。

伝わるだろうか、このニュアンスが・・・

 

そんなわけで、会社に入ってからの数ヶ月間、どうにも馴染めなくて

自分の何が悪いんだろうか、どうすりゃ通じ合えるようになるのか

帰り道ボロボロ泣きながら考えたりする日々が続いた。

 

 

ミラーに行って思ったんですけど、馴染めなくても分からなくても良いかなと思った。(結論)

 

ロジカルじゃないことに後ろめたさを感じながら、「じゃあ自分はロジカルな人間になりたいか?」と聞かれると、ああ全然なりたくない、って思っていることに気づいた。

言葉や数字で表せることもたしかに面白いが、むしろ言葉や数字ではどうにも表せないものに惹かれるし、そこを感じ取ることにアンテナを張っていたい。

それが自分の素直な気持ちだった。

 

よくよく考えてみれば、ミラーでも、ミラーに来る前も帰国後も、考えていることは同じで、一般的に言われていることや考えられていること、本に書かれていることに「それって本当にそうなのか?」自分の目で確かめたい、それに尽きるようです。

 

今いる環境の中ではどうにもその考え方は「何を言っているんだ?」と言われてしまったりしますが、角が立たないように生き残っていく方法を考えながら、周りの声に自分の考えていることが掻き消されないようににしていきたいものです。

(マイノリティが淘汰されていく感覚ってこんな感じかなぁとか推察している)

 

とはいえ、せっかく入社した会社なので、周りのロジカルな人々がどんな考え方をしているかとか、何を感じているかとか知らないのはもったいない。知るためには彼らの話す「ロジカル語」を習得する必要があるので、言語の習得はあまり得意ではないですが頑張ってみるかーという力をようやく取り戻したところです。

 

ロジカルじゃないのでうまく説明できないんですけど、なんとなく、ロジカルな世界だからこそ、エモーショナルにしかできない仕事があるような気がするんです。

 

それが今、私がやりたい仕事なんだと思います。

 

 

まぁ、切羽詰まりすぎると再度ウァーーーーってなって、またムリィ…となるかと思いますが

そうなったらまた里帰りしよう…

 

 

ありがとうミラー。今後もたくさんの人に豊かさと気づきをもたらす場所となることを願って。

【お詫び】コメント通知を受け取ることができていませんでした

表題の通りです。

本来であればブログにコメントを受けると、通知され、御返信していたのですが

諸事情により受け取ることができていませんでした。

 

トビタテ関係でいくつかコメントをいただいていたのですが、返信できておりませんでした。

 

申し訳ございませんでした。

「トビタテ!意味が分かると○○な写真展」やるよ!and皆様に諸々のお願い

こんばんは、ちるえです。

 

社会人5ヶ月目、鬱々とした投稿が目立ち

「あれ、こいつ病んでるんじゃね?」と心配されておりますが

 

病みこそ

アクティブエネルギーに

昇華する

 

これが私のアナザースカイ。

 

 

というわけで日々諸々に抱く鬱憤を

ポジティブシンキングと身体の休養だけではどうにもならないことを悟った私は

会社以外に「居場所」を作ることにしました。

それも、幾つか。

 

今回はその1つである「写真展」についてご紹介します。

いよいよ今月末開催です!

イベントの詳細↓↓↓

【日時】:8/25(土)26(日)10:00-18:00
【場所】:Nest原宿https://www.facebook.com/nest.harajuku/

     (カメラ持って周辺散策したくなる趣深い場所でした←先日行った)
【企画内容】:
一見すると普通の写真。しかし、その裏にあるストーリーを知ると180度変わって見える。…「留学したからこそ」の1枚を集めた写真展です。
留学して現地で生活をし、現地の人々と交流することで初めて知ることができる世界がある…そういう世界をトビタテ生はたくさん見てきました。トビタテ生だからこそ発信できる、ドラマやメッセージがあるはずです。写真は、時に現実よりもリアルを語る。トビタテ生一人一人の留学が凝縮された、そんな写真展を目指します。 

【fbページ】:https://www.facebook.com/events/2097406900547789/

★ポルカ挑戦中!ご支援どうぞ宜しくお願いします!

polca.j 

 

【トビタテ!意味が分かると〇〇な写真展、ができるまで】

 

遡ること数ヶ月前、Facebookのトビタテコミュニティに一本の投稿が。

 

「写真展やりませんか?」

この声かけに速攻反応し、どんな写真展やろうかという話し合いに発展し、デザイナーさんも加わったりして、写真展開催が決まりました。(展開はやい←)

 

テーマ設定のきっかけになったのは、この写真

f:id:rakugak1:20180811201036j:plain

一見普通に歯を磨いている子どもの写真ですが

これは山岳民族の村でタイ人の歯学部の学生が、私財で歯ブラシと歯磨き粉を購入し

子どもたちに歯磨き指導している時のもの。

特に田舎の子どもたちの虫歯の問題は深刻なんだそうです…

(詳細は以下の記事を参考)

chi-mogu.hatenablog.com(今読むと画像とか撮影しました感がアイタタタタすぎて穴があったら入りたい…)

 

ご存知の通り私は留学先のタイはミラー財団で死ぬほど写真を撮っていたこと、更にはそれを「きれいなタイの写真」と単に紹介するのはあまりにも面白くない、というか留学した人の話が面白いの醍醐味はそこやろ!てか私が他の人のそういう写真みたい!

 

ということできれいな写真よりもストーリーを重視した写真展をやろう!ということになったわけです。

 

さすがトビタテコミュニティ、写真を集めてみたら

いやぁすごい写真が集まった。

 まじで選ぶの楽しすぎた

 

 

開催まであと2週間、いよいよです。

私がミラーで撮影した写真も、厳選して当日展示します。

 

【ここで、みなさんに3つのお願いです】

(1)当日来て!!!!!

開催場所は原宿、東京。

アクセス良好、静かな環境、写真展後はお散歩とかもいいかもです。

私は2日とも終日いる予定です。

 

当日会場でみなさまにお会いできるのを楽しみにしています。

 

(2)ポルカで支援してほしい!!!!

開催に伴い、どうしてもかかってしまう必要経費もろもろ。

でも多くの方に来てほしい…色々考えた結果、ポルカに挑戦することにしました。

polca.jpひとくち300円~

ご支援くださった方で、同意してくださった方は、当日お名前をパネルで展示いたします。

どうぞ宜しくお願いします…!!!!

 

(3)拡散希望!!!!!!!!!!!!!!

当日行けないよー

お金もないよー

 

いいんです!!!!ですよね!!!!

でも!!!!!ひとつだけ!!!!!

もし私たちをささたかでも応援してくださるなら!!!

ひとつだけお願いがあります。

 

私たちのSNS投稿(fb、Twitter、このブログでも!)を拡散してください。

シェア、リツイート大歓迎

 

宜しくお願いします!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

久しぶりにちゃんとした投稿をした気がする←

ブログいいな、ちょくちょくかこっと

 

エモい話

会社の人の言ってることがよく分からないことがある。

 

何がよくわからないかと言われると、エピソードを出して説明してみても良いのだけど

たぶん「????」ってなると思う。

少なくとも会社の人たちの顔には概ねそんなことが書かれている。

 

「よくわからない」の本質は、うまく言葉にできないことにあるのかもしれないと、さっき思った。そう考えると「わからないから説明して」という発言そのものが妙に鋭利に突き刺さるのも納得がいく。

 

なぜだか会社の帰り道ボロボロ泣けた。理由はわからなかった。

 

わからない、最近自分の言ってることに自信がない。

何を言っても誰にも分かってもらえない感じがする。

 

私の話は全然ロジカルではないので

説明が下手くそで、人のことをイライラさせるらしい。

 

最初、会社でもがんばるぞーと思っていたが

そんな気にはなれなくなってしまった。

うちの会社が悪いというよりは

会社という組織はそういうものらしいことを周りに相談して初めて知った。

 

イライラさせる人たちにどうして自分の感性を渡そうと思うのか。これは半分怒りに近い。

 

私という存在は会社の中でもマイノリティで、ある同期には「アスペルガーか?」と言われたくらいなので(その同期は特別口が悪い、みんながみんなそうではない)(とはいえ、言い得て妙である)だんだん目に見えないパワーが削がれていくのを感じたりする。

 

自分が死んでいくような感覚。

 

何かが死んでいくとき、明らかな悪に虐げられることってあんまりない気がする。

みんな「そんなつもりはない」って言う。

「そんなつもりはない」が積もって積もって

音もなく積もったものの狭間に落ちていく。そして死ぬ。

 

こんなこと言ったって誰も共感してくれないんだろうな

6月

お久しぶりです、いつのまにか梅雨ですね

 

電車に揺られながらこれを書いています。

社会人生活が始まり、電車に乗る時間も長くなって、電車の中で何をするかを考える日々です。

 

社会人生活3ヶ月目、そろそろ研修が終わります

 

去年の今頃は就活で大分切羽詰まってました

今の会社に出会うのも、もう少し後の話です

 

 

毎日が異文化交流、とか言ってしまうと

お前誰だよって言われそうだけど

日本人同士の方が「異文化や・・・」と感じることが多かったり

同じ母国語だったりすると、異文化という言葉の定義からは外れたりするので

なんだか理解されないことも多い。

難しいなーと思うことの多い日々です

 

 

 

 

 

ミラーにいた時の方がよっぽど周囲と分かり合えていた気がするのは何故だろう?

修了するのに研究室から出られず色々と振り返ってみた

1.現状:院生生活が終わらない★

 明日はいよいよ修了式。もうすぐ社会人。最後の札幌生活を満喫しています!

…と言いたいところですが、今だ研究室に立て籠もっています。

タイから帰国して爆速でこなした就活、修論、加えて同時並行で進めたプログラミングと簿記。全部この1年でゼロからスタートし、全て何とか滑り込みで「達成」したことにはなっていますが、所詮付け焼き刃。私は今研究においてそのしわ寄せに嘖まれています

 私の所属するゼミでは毎年『教育福祉研究』という紀要を出していて、修論を書いた人は大体これに寄稿します。内容は修士論文の発表会資料を少し手直しして、出してから修了式…が通例なのですが、私の場合、修士論文、修論発表会、紀要、同じ調査データを使って分析の視点を変えた別のものを書くことになりました。特に紀要に載せるということは、公に自分の研究を発表することでもあり、修論よりも公を意識して言葉を使ったり誤解がないように丁寧に説明したりしなければなりません。私は付け焼き刃で研究のタスクをこなしてきてしまったので、言ってしまえば勉強不足で、公と足並みを揃えた言葉の使い方や議論への乗せ方に大変苦戦しています。

 こんな不勉強で不完全な研究をどうして先生は載せようとしてくれるのか心底謎なのですが、「載せるのやめよう」と言いません。私もここまで来て諦めたくない。

 紀要に向けて色々書いてみたのですが、どうもタイトルから変えることになりそうです。すなわち、また振り出しに戻って、自分がこの研究を通じて言いたいことは何なのかを問い直して、言葉にします。積み上げてきたものを真っ新な状態に戻さなくてはならない時程、泣きそうなことはないですが、そういう時程思い切って全部手放してみた方が案外うまくいくことを私は身を以てよく知っているので、今回も逆にラッキーじゃないかぐらいの気持ちで原点に戻ってみることにしました。

 私は今の先生を求めて埼玉から北大に来たのですが、ゼミの先生曰く院試で注目しているのは「基礎的な知識・文章力があるか」と「頑固さがあるかどうか」だそうです。「うちのゼミ生はね、皆頑固ですよ。」

 

2.結局なんの研究してるの?

私の研究は対人支援について、ソーシャルワーカーなどによる専門的な支援ではなく、ボランティアとかによる方。対象者は子ども。「信頼できる関係って大事だよね」って大体皆経験あるし知ってるけど、なんで大事なんだ?とかそれってなんだ?が曖昧なので、実際に支援としてやるとなるどどうにも難しいらしい。私も病院で白衣着て医療ソーシャルワーカーとして働きたいとか大学入った頃思っていたのに、何故かボランティアやったりデンマーク行ったりしていて、その中で「大事って皆思ってるのに、できないなんてもったいないなぁ、なんでだ?」とぼんやり思い、気づけば教育福祉ゼミの大学院生。

修論の調査は、子どもたちとの関係構築に力を入れて活動しているNPOで、そこで活動しているボランティアさんに活動動機とか、何してるのかとか、思ってることとか、色々聞いてみました。その話がむちゃくちゃ面白くて、なかなか貴重なものだと思うので、ちゃんと公に出したいし出さなきゃいけないなと使命感を感じています。

 

3.なんでその研究してんのか?

そんな研究をしているのですが、さっき歩きながら「そもそもなんでそういう研究

することになったんだろう?」ということを芋づる式にぬるぬると辿って思い出してみました。

・うちのかーちゃんなんで死んだんだ?

まず大きかったのは「うちの母親はなんで死んだんだ?」という問いだったように思います。母親は私が高校3年生だった冬にがんであることがわかって、大学1年生の夏に亡くなりました。祖母の介護をしていて、具合が悪かったのに病院に行かず、見つかった時は手遅れ…というドラマのような本当の話です。自分が大学受験の勉強ばっかしてて母親を手伝わなかったからだ、とか原因探しをずっとしていて、ふと「うちの母親は福祉の制度があることも知っていたし、使っていたし、お金もあったから祖母を施設に入れることだってできたはずなのに、どうしてそうしなかったんだ?ちゃんと使えるものを使っていれば死ななかったんじゃないか?」と思うに至りました。

・デンマークはなんで世界で一番幸福な国なんだ?

そこから「実際に選択肢があること」と「実際に選択肢を選ぶこと」に意識が向くようになって、世界一幸福な国デンマークは、高福祉の国だから幸福なんじゃなくて、ちゃんと福祉に自分たちを繋げられるような雰囲気とか文化があるから幸福なんじゃないか?と思って、じゃあその雰囲気って何なのよってことを見たくてデンマークに行ったりしたわけです。たしかにデンマークに行ってすごいなと思ったことはたくさんあるんですが、一番印象深かったのは「風邪ひいた?あったかいお茶飲んで寝るのが一番治り早いよ、日本は薬飲んで仕事行くの?休まないの?」選択肢があって、それを選ぶというのは、なるほどそういうことか、と今振り返っても思います。

 

・人の意識の見えない束縛力ってこわい

世の中に漂う透明なそれは、「規範意識」とか「常識」とか色んな言葉で呼ばれるらしい。見えにくいし、普段意識しないけれど、たしかに大きな力を持っている分こわいな、と心の中で思ってました。目には見えないし無意識だけど、人に大きな影響を与えているものはたくさんあって、私はその中でも「人の意識」にアンテナがいつも向いてました。 

もっと掘り下げて、なんで人の意識にひっかかりを感じたのかを考えてみたら、私がそれに振り回されて生きてきたからなんじゃないかと気づきました。「期待」という言葉の方がしっくりくるかもしれません。

 

・「どうしてそうなった?」がよく起こる

「人の期待通りの人間にならなきゃ自分の価値はない」ってずっと本気で思ってました。というか、期待通りの人間になる以外の選択肢はあったのだろうか?あったとしても選択してしまったことにはとても否定的だったように思う。期待というのも色々あって、向けられる個人にとって良いと思えるような期待だったら良いんですが、我欲を満たすためにコントロールするという文脈で扱われる期待というのはなかなかに恐いと思います。私という人間は本来素直な性格で、期待を向けられるとその通りになろうとするように実装されているらしい。同時に大変自分に自信がなくて人の方が信頼できたので、良くも悪くもコントロールされやすく、おかげさまで本当だったら選択してはいけないような選択肢を選んで泥沼に嵌り、「どうして逃げないんだよ」「逃げなかったお前が悪い」と言われてしまう。逃げるという選択肢がなかったんですよ。

 

・困難は弱さではない

 私みたいな自信のない人は、多かれ少なかれ結構いるように思う。特に心身の不健康とか、不運とか、不安とか、ネガティブな状況に追い込まれてしまうと誰だって自信をなくすから、特別なことではないかもしれない。頻度が高いとしんどい。さらにはそういう弱っている時に限ってつけこまれてしまったりする。福祉の事例を読んでいると、端から見たら何故?!と思ってしまうような選択が続いてるけど、よくよく背景を見てみると、やるせなさともどかしさと、まるで自分を見ているような気分になって、泣いてしまう時がある。

 でも、自信のなさはあくまでその人の一部で、その人の全てではないのです。どうしてもその人を流されやすくて意思のない「弱い人間」と定義づけてしまいそうになるけれど、私はそれを大変もったいないことだと思います。向けられた期待通りに動いたっていいし、動けなくても良いし、動かなくてもいい、その人の感性が一番心地良さを感じる選択が、人間としての幸せに一番近いんじゃないかと、私は思うんです。その選択が難しい時に、「あなたにはちゃんと自分のために選択する力があるから、やってごらんよ」って顔をしている「特別に何をするわけではないかもしれないけれどちゃんとそこにいる誰か」と自分が繋がっていられるかどうかで、困難の切り開きは大きく変わってくる。私はそれを、とてもよく知っている。そして、「それって面白いな」と思う。

 

4.学んだこと

 そんな当事者性に基づき臨んだ院生生活は、ご存知の通り大いにやらかし、大いに物理的に移動し、大いに泣いて、予定よりも1年延びてしまいました。入学当初のいちばんの関心事は「私が北大生になれるのか?」でした、なつかしいです。

 学んだことは書いたら書ききれないですが、当事者研究に基づいて(笑)今後肝に銘じておきたい3点をまとめます。

 

・期待には応えてもいいし応えなくてもいい

生きていると色んな期待を向けられる、それが自分という人間に向けられるというよりは性別とか社会的な肩書きとかに対するものだったりする。特にこれからは結婚だ出産だってライフイベントが増えてきて、「次はあなたね!」みたいなまなざしを向けられたりする。こたえてもいいし、こたえなくてもいい。くれぐれも「こたえなきゃ」とも「こたえられない自分に価値はない」なんて思わないこと。

揺れ動き弱っている時ほど、目の前にある自分に向けてられた期待感に応えたくなる。その状況の中で、相手を期待通りに動かそうとする人もいるし、動かずにはいられない人もいる。我欲を満たすために人を動かそうとする人もいるが、私はその状況に何よりも怒りと許せなさを感じる。(この怒りを人に話ししたら「それって何がいけないの?」と理解されないこともあったし、ゼミの先生に言ったら「それは人間として当たり前の怒りです」とも言われた。人間の価値判断も多様だが、一番意識を向けなきゃいけないのはいつだって判断そのものではなく、何故その判断に至ったかという背景と理由である。)

 

・自分を信じるとは食べて眠ること

これは余談だけれども、「良いデザイン」を考える時にデザイナーさんが気に留めているのは、色使いとかコンテンツとかの中身そのものと同時に、「余白」なのだそうだ。考えてみれば今読んでる文字だって、黒である部分よりも白色の方が面積が大きい。色々通じるような気がする。良い判断を下す時、人は何かと理論的に組み立てたがるけれど、言葉として表せること以上の情報を取捨選択してその理論が出来上がっているなら、言葉に表せない部分にも良い判断を下す大きな要因があるってことなのだろう。

本来自分も他人も人間として正しい選択をとることができるが、心身元気じゃなくなるとその判断を下す感性はどうしても鈍る。元気であるために自分に何が必要か考えて選び取ること(自分を大事にする、とも言う)が重要なのだと思う。私はそれを詰まるところ「食べて」「眠る」ことだと思っていて、できれば寝起きのあったかいお味噌汁がいいし、鳥とか動物とか誰かの声とかで目が覚めると嬉しい。

 

・信頼できる関係とは、できることとできないことを認め合うこと

 どちらかというと信頼できる関係とは「あの人ならなんとかしてくれる」みたいな、できることに焦点が当てられがちな気がする。でも、私は逆だと思っていて、できないことをちゃんとできないと言えることの方がずっと難しいし、無理してこたえようとしてしまうし、「なんでこうしてくれないんだろう」とか相手にできること以上のできることを求めてしまったりする。

 ロジャースさんというおじさんが、カウンセラーとクライアントが信頼関係作っていく時に大切なのは「自己一致(素直な自分でいること)」「相手を受容すること」「興味・関心を向けること」で、「もし相手を受け容れられないって思った時は、素直な自分を優先しなさい」と言っていたりする(もちろん、ストレートにその旨を伝えるんじゃなくて、その伝え方にコツがある)。相手からしたら、もしかすると拒絶された気分になるかもしれないけれど、相手と自分のできることとできないことを確認しあって積み重ねていくことができる関係が、信頼できる関係なのだと思う。

 

5.反省とモラトリアムと大成長

 私の難儀はまさに上の3点にあった。「期待通りにならなきゃ自分に価値はない」と思っていたから嫌な思いをしても「できない」とか「嫌だ」とか逃げることができなかったし、それを嫌だと思っているのは自分のせいだと思っていた。自分が言えないものだから、相手に「できない」ことを提示されると全部だめになった気分になって、「やっぱり自分は誰にも受け容れてもらえないんだ」「受け容れてもらえると思った自分がバカみたいだ」という極論に至る。その結果、死にたくないのに死にたくなって、自傷に走るし、ごはんは食べられなくなるし、夜眠らなくなる。(永田カビさんのエッセイ漫画で本当に同じようなことが書かれていて、それを「自分には権利がなかった」って書いていた。めっちゃわかる)

 

 そんなこんなで自ら死にそうになる選択を下しまくって、私は「逃亡」と「療養」と称して1年間タイに行ってきました。今だから笑い話だけども、タイでは集団生活でごはんも家政婦さんにつくってもらえたので「安心して送り出せます」と言われたり、傷が生々しいのでむちゃくちゃ暑いのに半袖着られなくて「日焼け対策~笑」と冷や汗かいて逃げたり…笑

 でもある時から自傷しなくなり、ある日突然恐くて着られなかった半袖が着られるようになったり(嬉しくて友達にラインした)、帰国後ひとり暮らし再開してもちゃんと食事と睡眠を維持しています。むちゃくちゃ褒められました、嬉しいです。そして何より、こうやって言葉にして笑い話にできていることと、自分なりに振り返って原因を理解しようとしていることが、大成長だなと思います。

 

6.課題は「安心して付き合える人間になること」

 次なる課題は、信頼してもらえる人間になること、すなわち「できないことはできない」とちゃんと言ってもらえる人間になることです。

 あるとき自分の言動が、「自分は絶対にこんな風にならない」と思っていた人の言動とそっくりであることに気づいて絶望的な気持ちになったことがあります。その人は感情の起伏が激しくて、「自分の言動でその地雷を踏んでしまったらどうしよう」って緊張して関わっていた。それってある意味人間関係における脅迫だと思う。私は二度と絶対にそんなことしたくない。

私を助けてくれた友達とか周りの方にも、なんだかそういう気の張り方をさせてしまっているような気がしてならない。申し訳ない気持ちになります。これは言葉でそう伝えるだけでは多分だめで、ちょっとずつ信頼を積み重ねていくことが大事なんだと思います。がんばります。

 

7.これからのはなし

さて、話しが広がりまくって、自分の研究と、生い立ちと、学生生活を振り返って、どうつながってるかについてぶぁーっと書いてみました、ここまで約3時間ノンストップ、わろた。笑

 完全に思考メモみたいになってますが、最後に少し今後の話を書きたいと思います。

 

・就職するよ!

 ITコンサルになるってよ。笑

 「社会福祉士も精神保健福祉士も持ってるのになんでソーシャルワーカーやらないの?」「もう福祉のことはやらないの?」って聞かれるんですが、とりあえずコンサルやってみることにしたという感じです。経営のこととかIT云々のことは、福祉業界でもニーズが高まっているのに苦手とする人が多いなぁというのが個人的な印象。(ぶっちゃけ、私も苦手だよ)私は将来フリーランスになりたいと思っているので、福祉業界が苦手とするそれらのことをたたき込むことと、研究などで考え続けてきた福祉について問い続けること、そしてようやく関心があると言えるようになってきたデザインについてもっと勉強すること、まずはこの3つの切り口(もっと増えたらうれしいな)から可能性を探っていきたい所存です。どうなるかなぁ。できるかなぁ。

 このたび簿記2級に無事合格できたので、4月入社します。まずは徹底的にプログラミングをたたき込まれるらしいです。というか、11月以前に簿記に合格していた同期は、どうも私が簿記に悪戦苦闘している間、プログラミングの研修を既に受けているそうで、入社する前から既に色々出遅れている感が否めません。笑

 でもまぁ、私はマイペースの申し子なので、焦らずひとつずつ積み重ねていきたいと思います。独学で簿記やるの、本当に辛かったし、最後まで受かる気しなかったけど、ちゃんと合格できたので少し自信になりました。(問題は使えるかどうかって話だけど。)

 面接の時に、私は自分の絵持っていって「こういうこと考えながら物つくるの好きなんです」という旨を、言えそうだったら言ってたんですが、ここの会社は最初から最後まで「これ、面白いね」と言ってくれました。入社後の仕事のイメージが全然湧かないんですが、「人の話とか見たものとかを元に考えながら物をつくる」というのが私の好きなことの本質なので、そういうことができたらいいなぁと思うし、あわよくばそこに「デザイン」というキーワードが入ったら嬉しいなぁと思います。

 何年働こうとか、その後何したいみたいなことは考えてますが、あんまり縛られずにまずは今まで通り面白いと思うことに一生懸命になってみようと思います。

 

・どう生きるか、みたいな話

 誰とは名前を出しませんが、私には「この人みたいになりたい」という憧れの方が3人います。どの方も仕事も経歴も住んでるところもバラバラなんですが、3人に共通しているのは「新卒で数年間企業で働いていたこと」「仕事や関わる人の話をすごく楽しそうにすること」「びゅんびゅん日本中世界中とびまわってること」

彼らの辿ってきた「新卒で数年間企業で働く」という段階を私も辿るわけで、憧れの先輩の背中を追いかけていきたいなーと思うところです。

でも、考え始めると自分の人生において望むことってどんどん増えてきて、色んな事との兼ね合いどうしようとか杞憂します。笑

 だからちゃんと書いておきたい、その時々の自分の直感を信じたい。あと、たくさんは会えないのだろうけど、私の直感が本当に面白いと思った人たちを大事にしていきたい。そうすれば、世界中どこで誰と何をすることになっても、悪いようにはならないんじゃないかなぁと思います。

 

8.おわりに

 最後に、またゼミの先生の話なんですが(笑)

 タイに行くと決めた時、私はタイに行って何をするかみたいな目的づくりに躍起になってました。大学院に来た時もそうで、周りの人たちはもう働いているのに自分は学生で、何か意味のあることをしなくちゃ、意味のあることができるんだろうか、大学院まで来て自分にその価値があるのか、とか諸々いつも悩んでました。そしたらゼミの先生が言うんですよ、「別にそんなのなくてもいいんじゃない?」って。現地で考えられることを考えてくればいいじゃないって。私がゼミでごにゃごにゃしたままのレジュメ作って持っていったら、「今何を考えているのかよくわからないけれど、いつか必ず言葉にして僕たちに説明してくれるだろうから、僕たちはそれを待ちましょう」って言うし。一時帰国した時も修論の相談したら「タイにいる間は修論の事を考えるなど無駄な抵抗はやめましょう」…本当にその通りなんですが。笑

先生は、私が自分の書きたいことを自分で言葉にするのを、ずっと待っていてくださっているんです。私はそれだけは絶対に絶対に裏切ってはいけないと思っているし、だから何が何でも紀要を書いてやると思っています。

 

ここらへんでやめときます。いつかまた書きます。

To be continued…笑 

 

トビタテ二次面接④【プレゼン発表のコツ編】

こんにちは、明日成人式のみなさまはおめでとうございます

成人式発祥の地出身のちるえです。

(でも自分の成人式にはデンマークに留学していたため参加していない←)

 

 

さて、トビタテ8期の二次面接まで1週間切りましたね。

バタバタしている頃かと思われます。

 

今現在私も修士論文の発表会でヒーコラしているもので、トビタテ関連のことにはあまり関与できていないのですが、個人的に来た依頼に関してはできるだけお応えするようにはしています。私にとっても貴重な学びの機会なので…

 

chi-mogu.hatenablog.com

まぁ、私はただの大学院生で大したアドバイスは正直できないので

諸々の記事や言及内容については、あくまで参考程度に捉えていただけると幸いです。

 

今回もその体で書きたいと思います。

 

ちょうど今頃は、大体プレゼン資料が完成して練習するか~となっている頃でしょうか。

そしてやってみたら「あれ、4分におさまらない」(死)

みたいに焦るんですよね←

 

前回は「構成のコツ」がテーマだったので、今回は「発表のコツ」について書いてみようと思います。

 

①綺麗な言葉を濫用しない

少し話しが逸れますが、私が修士論文を書いていた時にゼミの先生に口酸っぱく言われたことがあります。

「一般論に落とし込まないこと」

 

一生懸命何かを考えていると、どうしても綺麗な言葉でまとめなければみたいな意識が働いてしまうんですよね。その言葉を使っている自分としては「よし、まとまった」と思っていても、いざ誰かに話してみると「それってどういうこと?」って伝わらないこと、結構ある。

 

みなさんのプレゼンの中に

「多様性」「最先端」「視野を広げる」「専門性」「異文化」「社会問題」

みたいな言葉はどれくらい登場していますか?

 

これらの言葉を使うこと自体が問題なのではなく、「それって具体的にどういうことか」という説明がなされないで使われてしまうと、「かっこいいこと言っているけれど、よくわからないなぁ」ということになりかねません。

 

この打開策としては、自分がいかにマニアックな人間になれるか、という視点で見直してみる、というものがあります。

 

例えば、「貧困問題の解決のために、最先端の研究を行う○○大学に研究留学する」と言いたいとします。

マニアックな人間の視点で修正を図るとすれば…

・「貧困問題」って具体的にどういう状態?何故それが問題だと思うのか?

・「最先端」の研究とは何か。何がどう最先端なのか?何故そこに着目したのか?

 

ここまで来て既にお気づきの方もいるかもしれませんが、上記で挙げたような言葉は一般的によく用いられますが、具体的に何かを説明する言葉ではないのです。なぜなら、抽象的で色々な解釈の余地があり、自分の意図と相手が言葉を聞いて持つイメージが一致するとは限らないからです。だから気をつけなければならないのです。

 

というわけで、便利な言葉を以てひとことでまとめたい気持ちをぐっと抑えて

「この留学をするのは他の誰でもなく、私じゃなきゃいけないのだ!」という他の人が目を向けないようなマニアックな視点(オリジナリティ、とも言えるかもしれない)で言葉を選びます

 

「貧困問題の、特に学力格差が生じている現状を打開するべく、地域に根ざした大規模な調査を実施している○○大学の調査に携わる研究留学をする」

 

こんな感じでしょうか。ここに、前回書いたような「源」が盛り込めたら最高です。

 

 

②周りを見る

ここからは内容というより発表の心構えみたいな話です。

スクリプトを用意する人も多いと思いますが、個人的にはスクリプトはなくても良いかなぁと思っています。箇条書きぐらいのメモで良いんじゃないかと。

書いた文章と、実際に口頭で話すことって違うので、書いた文章の通りに固執してしまうと聞いてる側はちょっと違和感を感じることがあります。(あくまで個人的な感想です)

 

誰かに自分の話を聞いて欲しい時、相手の目をじーっとまでは見れなくても、顔見ますよね。同じです。

トビタテの面接は少人数でやるので、大衆に向けて話をするというよりは、目の前の人に聞いてもらうスタンスの方が強いです。

 

なので余裕がないと難しいんですが、プレゼン始まる前に面接官や同じテーブルのメンバーの顔を見渡して「こんにちは!宜しくお願いします!」みたいににっこり笑って元気よく挨拶してから始めてみてください。

自分のプレゼンを聞きたくなるような雰囲気づくりです

 

③100回練習する

昨年9月に留学成果報告会に参加してきました。

その時の様子を掲載していただきました。

eedu.jp

もう、このプレゼンも色々あって心臓に悪いギリギリ祭だったんですが、ここでのプレゼンも4分だったんです。前日まで6分切らなくて、本当に焦った。

 

プレゼンをブラッシュアップしてくださった方に言われたのは「100回練習しよう」でした。バッタバタしていて100回も練習する時間ないっす・・・!!!と心で叫びながらも、実数は数えていないですが発表の直前まで時間を計ってイメトレしてたおかげか、当日には時間内に収まりました・・・奇跡・・・

 

練習は本当に侮れません。

 

なんでもそうだし、このブログでも腐るほど言ってるんですが、イメージと実際って本当に違うんですよね。だから想像の補完とか一般論を打ち破って、実際にやってみることに価値があるんです。留学もそうだと思うんです。

 

みなさんのプレゼンや言葉は、ちゃんとみなさんのものになっていますか?

他の誰でもない、「私が」留学するんです!というものになっていますか?

 

 

上の成果報告会で、トビタテのプロジェクトディレクターの船橋さんに仰っていただいたことがあります。

「君の絵の価値は上手さじゃなくて、そこに表われる人間性」

嬉しかったなぁ

 

当日は本当に色んな人がいて、圧倒されることもあるでしょう

でも、見た目とか、方法論とかに、惑わされてはいけません

本当に本当に大事なのは、自分のすごさとか、かっこよさとか、

そんなものはどうでもよくなるくらい

自分が何に情熱を注ぎたいのか、それを伝えられることなんだと思います。

 

 

みなさんの伝えたいことが、ちゃんと伝えられることを真っ白銀世界の札幌よりお祈りしています。