ちるえさんの自由帳

1年間休学してタイ山奥のNGOでボランティアをしたトビタテ院生の日々と頭の中とお絵かき

6月

お久しぶりです、いつのまにか梅雨ですね

 

電車に揺られながらこれを書いています。

社会人生活が始まり、電車に乗る時間も長くなって、電車の中で何をするかを考える日々です。

 

社会人生活3ヶ月目、そろそろ研修が終わります

 

去年の今頃は就活で大分切羽詰まってました

今の会社に出会うのも、もう少し後の話です

 

 

毎日が異文化交流、とか言ってしまうと

お前誰だよって言われそうだけど

日本人同士の方が「異文化や・・・」と感じることが多かったり

同じ母国語だったりすると、異文化という言葉の定義からは外れたりするので

なんだか理解されないことも多いのですが

難しいなーと思うことの多い日々です

 

 

 

 

 

ミラーにいた時の方がよっぽど周囲と分かり合えていた気がするのは何故だろう?

修了するのに研究室から出られず色々と振り返ってみた

1.現状:院生生活が終わらない★

 明日はいよいよ修了式。もうすぐ社会人。最後の札幌生活を満喫しています!

…と言いたいところですが、今だ研究室に立て籠もっています。

タイから帰国して爆速でこなした就活、修論、加えて同時並行で進めたプログラミングと簿記。全部この1年でゼロからスタートし、全て何とか滑り込みで「達成」したことにはなっていますが、所詮付け焼き刃。私は今研究においてそのしわ寄せに嘖まれています

 私の所属するゼミでは毎年『教育福祉研究』という紀要を出していて、修論を書いた人は大体これに寄稿します。内容は修士論文の発表会資料を少し手直しして、出してから修了式…が通例なのですが、私の場合、修士論文、修論発表会、紀要、同じ調査データを使って分析の視点を変えた別のものを書くことになりました。特に紀要に載せるということは、公に自分の研究を発表することでもあり、修論よりも公を意識して言葉を使ったり誤解がないように丁寧に説明したりしなければなりません。私は付け焼き刃で研究のタスクをこなしてきてしまったので、言ってしまえば勉強不足で、公と足並みを揃えた言葉の使い方や議論への乗せ方に大変苦戦しています。

 こんな不勉強で不完全な研究をどうして先生は載せようとしてくれるのか心底謎なのですが、「載せるのやめよう」と言いません。私もここまで来て諦めたくない。

 紀要に向けて色々書いてみたのですが、どうもタイトルから変えることになりそうです。すなわち、また振り出しに戻って、自分がこの研究を通じて言いたいことは何なのかを問い直して、言葉にします。積み上げてきたものを真っ新な状態に戻さなくてはならない時程、泣きそうなことはないですが、そういう時程思い切って全部手放してみた方が案外うまくいくことを私は身を以てよく知っているので、今回も逆にラッキーじゃないかぐらいの気持ちで原点に戻ってみることにしました。

 私は今の先生を求めて埼玉から北大に来たのですが、ゼミの先生曰く院試で注目しているのは「基礎的な知識・文章力があるか」と「頑固さがあるかどうか」だそうです。「うちのゼミ生はね、皆頑固ですよ。」

 

2.結局なんの研究してるの?

私の研究は対人支援について、ソーシャルワーカーなどによる専門的な支援ではなく、ボランティアとかによる方。対象者は子ども。「信頼できる関係って大事だよね」って大体皆経験あるし知ってるけど、なんで大事なんだ?とかそれってなんだ?が曖昧なので、実際に支援としてやるとなるどどうにも難しいらしい。私も病院で白衣着て医療ソーシャルワーカーとして働きたいとか大学入った頃思っていたのに、何故かボランティアやったりデンマーク行ったりしていて、その中で「大事って皆思ってるのに、できないなんてもったいないなぁ、なんでだ?」とぼんやり思い、気づけば教育福祉ゼミの大学院生。

修論の調査は、子どもたちとの関係構築に力を入れて活動しているNPOで、そこで活動しているボランティアさんに活動動機とか、何してるのかとか、思ってることとか、色々聞いてみました。その話がむちゃくちゃ面白くて、なかなか貴重なものだと思うので、ちゃんと公に出したいし出さなきゃいけないなと使命感を感じています。

 

3.なんでその研究してんのか?

そんな研究をしているのですが、さっき歩きながら「そもそもなんでそういう研究

することになったんだろう?」ということを芋づる式にぬるぬると辿って思い出してみました。

・うちのかーちゃんなんで死んだんだ?

まず大きかったのは「うちの母親はなんで死んだんだ?」という問いだったように思います。母親は私が高校3年生だった冬にがんであることがわかって、大学1年生の夏に亡くなりました。祖母の介護をしていて、具合が悪かったのに病院に行かず、見つかった時は手遅れ…というドラマのような本当の話です。自分が大学受験の勉強ばっかしてて母親を手伝わなかったからだ、とか原因探しをずっとしていて、ふと「うちの母親は福祉の制度があることも知っていたし、使っていたし、お金もあったから祖母を施設に入れることだってできたはずなのに、どうしてそうしなかったんだ?ちゃんと使えるものを使っていれば死ななかったんじゃないか?」と思うに至りました。

・デンマークはなんで世界で一番幸福な国なんだ?

そこから「実際に選択肢があること」と「実際に選択肢を選ぶこと」に意識が向くようになって、世界一幸福な国デンマークは、高福祉の国だから幸福なんじゃなくて、ちゃんと福祉に自分たちを繋げられるような雰囲気とか文化があるから幸福なんじゃないか?と思って、じゃあその雰囲気って何なのよってことを見たくてデンマークに行ったりしたわけです。たしかにデンマークに行ってすごいなと思ったことはたくさんあるんですが、一番印象深かったのは「風邪ひいた?あったかいお茶飲んで寝るのが一番治り早いよ、日本は薬飲んで仕事行くの?休まないの?」選択肢があって、それを選ぶというのは、なるほどそういうことか、と今振り返っても思います。

 

・人の意識の見えない束縛力ってこわい

世の中に漂う透明なそれは、「規範意識」とか「常識」とか色んな言葉で呼ばれるらしい。見えにくいし、普段意識しないけれど、たしかに大きな力を持っている分こわいな、と心の中で思ってました。目には見えないし無意識だけど、人に大きな影響を与えているものはたくさんあって、私はその中でも「人の意識」にアンテナがいつも向いてました。 

もっと掘り下げて、なんで人の意識にひっかかりを感じたのかを考えてみたら、私がそれに振り回されて生きてきたからなんじゃないかと気づきました。「期待」という言葉の方がしっくりくるかもしれません。

 

・「どうしてそうなった?」がよく起こる

「人の期待通りの人間にならなきゃ自分の価値はない」ってずっと本気で思ってました。というか、期待通りの人間になる以外の選択肢はあったのだろうか?あったとしても選択してしまったことにはとても否定的だったように思う。期待というのも色々あって、向けられる個人にとって良いと思えるような期待だったら良いんですが、我欲を満たすためにコントロールするという文脈で扱われる期待というのはなかなかに恐いと思います。私という人間は本来素直な性格で、期待を向けられるとその通りになろうとするように実装されているらしい。同時に大変自分に自信がなくて人の方が信頼できたので、良くも悪くもコントロールされやすく、おかげさまで本当だったら選択してはいけないような選択肢を選んで泥沼に嵌り、「どうして逃げないんだよ」「逃げなかったお前が悪い」と言われてしまう。逃げるという選択肢がなかったんですよ。

 

・困難は弱さではない

 私みたいな自信のない人は、多かれ少なかれ結構いるように思う。特に心身の不健康とか、不運とか、不安とか、ネガティブな状況に追い込まれてしまうと誰だって自信をなくすから、特別なことではないかもしれない。頻度が高いとしんどい。さらにはそういう弱っている時に限ってつけこまれてしまったりする。福祉の事例を読んでいると、端から見たら何故?!と思ってしまうような選択が続いてるけど、よくよく背景を見てみると、やるせなさともどかしさと、まるで自分を見ているような気分になって、泣いてしまう時がある。

 でも、自信のなさはあくまでその人の一部で、その人の全てではないのです。どうしてもその人を流されやすくて意思のない「弱い人間」と定義づけてしまいそうになるけれど、私はそれを大変もったいないことだと思います。向けられた期待通りに動いたっていいし、動けなくても良いし、動かなくてもいい、その人の感性が一番心地良さを感じる選択が、人間としての幸せに一番近いんじゃないかと、私は思うんです。その選択が難しい時に、「あなたにはちゃんと自分のために選択する力があるから、やってごらんよ」って顔をしている「特別に何をするわけではないかもしれないけれどちゃんとそこにいる誰か」と自分が繋がっていられるかどうかで、困難の切り開きは大きく変わってくる。私はそれを、とてもよく知っている。そして、「それって面白いな」と思う。

 

4.学んだこと

 そんな当事者性に基づき臨んだ院生生活は、ご存知の通り大いにやらかし、大いに物理的に移動し、大いに泣いて、予定よりも1年延びてしまいました。入学当初のいちばんの関心事は「私が北大生になれるのか?」でした、なつかしいです。

 学んだことは書いたら書ききれないですが、当事者研究に基づいて(笑)今後肝に銘じておきたい3点をまとめます。

 

・期待には応えてもいいし応えなくてもいい

生きていると色んな期待を向けられる、それが自分という人間に向けられるというよりは性別とか社会的な肩書きとかに対するものだったりする。特にこれからは結婚だ出産だってライフイベントが増えてきて、「次はあなたね!」みたいなまなざしを向けられたりする。こたえてもいいし、こたえなくてもいい。くれぐれも「こたえなきゃ」とも「こたえられない自分に価値はない」なんて思わないこと。

揺れ動き弱っている時ほど、目の前にある自分に向けてられた期待感に応えたくなる。その状況の中で、相手を期待通りに動かそうとする人もいるし、動かずにはいられない人もいる。我欲を満たすために人を動かそうとする人もいるが、私はその状況に何よりも怒りと許せなさを感じる。(この怒りを人に話ししたら「それって何がいけないの?」と理解されないこともあったし、ゼミの先生に言ったら「それは人間として当たり前の怒りです」とも言われた。人間の価値判断も多様だが、一番意識を向けなきゃいけないのはいつだって判断そのものではなく、何故その判断に至ったかという背景と理由である。)

 

・自分を信じるとは食べて眠ること

これは余談だけれども、「良いデザイン」を考える時にデザイナーさんが気に留めているのは、色使いとかコンテンツとかの中身そのものと同時に、「余白」なのだそうだ。考えてみれば今読んでる文字だって、黒である部分よりも白色の方が面積が大きい。色々通じるような気がする。良い判断を下す時、人は何かと理論的に組み立てたがるけれど、言葉として表せること以上の情報を取捨選択してその理論が出来上がっているなら、言葉に表せない部分にも良い判断を下す大きな要因があるってことなのだろう。

本来自分も他人も人間として正しい選択をとることができるが、心身元気じゃなくなるとその判断を下す感性はどうしても鈍る。元気であるために自分に何が必要か考えて選び取ること(自分を大事にする、とも言う)が重要なのだと思う。私はそれを詰まるところ「食べて」「眠る」ことだと思っていて、できれば寝起きのあったかいお味噌汁がいいし、鳥とか動物とか誰かの声とかで目が覚めると嬉しい。

 

・信頼できる関係とは、できることとできないことを認め合うこと

 どちらかというと信頼できる関係とは「あの人ならなんとかしてくれる」みたいな、できることに焦点が当てられがちな気がする。でも、私は逆だと思っていて、できないことをちゃんとできないと言えることの方がずっと難しいし、無理してこたえようとしてしまうし、「なんでこうしてくれないんだろう」とか相手にできること以上のできることを求めてしまったりする。

 ロジャースさんというおじさんが、カウンセラーとクライアントが信頼関係作っていく時に大切なのは「自己一致(素直な自分でいること)」「相手を受容すること」「興味・関心を向けること」で、「もし相手を受け容れられないって思った時は、素直な自分を優先しなさい」と言っていたりする(もちろん、ストレートにその旨を伝えるんじゃなくて、その伝え方にコツがある)。相手からしたら、もしかすると拒絶された気分になるかもしれないけれど、相手と自分のできることとできないことを確認しあって積み重ねていくことができる関係が、信頼できる関係なのだと思う。

 

5.反省とモラトリアムと大成長

 私の難儀はまさに上の3点にあった。「期待通りにならなきゃ自分に価値はない」と思っていたから嫌な思いをしても「できない」とか「嫌だ」とか逃げることができなかったし、それを嫌だと思っているのは自分のせいだと思っていた。自分が言えないものだから、相手に「できない」ことを提示されると全部だめになった気分になって、「やっぱり自分は誰にも受け容れてもらえないんだ」「受け容れてもらえると思った自分がバカみたいだ」という極論に至る。その結果、死にたくないのに死にたくなって、自傷に走るし、ごはんは食べられなくなるし、夜眠らなくなる。(永田カビさんのエッセイ漫画で本当に同じようなことが書かれていて、それを「自分には権利がなかった」って書いていた。めっちゃわかる)

 

 そんなこんなで自ら死にそうになる選択を下しまくって、私は「逃亡」と「療養」と称して1年間タイに行ってきました。今だから笑い話だけども、タイでは集団生活でごはんも家政婦さんにつくってもらえたので「安心して送り出せます」と言われたり、傷が生々しいのでむちゃくちゃ暑いのに半袖着られなくて「日焼け対策~笑」と冷や汗かいて逃げたり…笑

 でもある時から自傷しなくなり、ある日突然恐くて着られなかった半袖が着られるようになったり(嬉しくて友達にラインした)、帰国後ひとり暮らし再開してもちゃんと食事と睡眠を維持しています。むちゃくちゃ褒められました、嬉しいです。そして何より、こうやって言葉にして笑い話にできていることと、自分なりに振り返って原因を理解しようとしていることが、大成長だなと思います。

 

6.課題は「安心して付き合える人間になること」

 次なる課題は、信頼してもらえる人間になること、すなわち「できないことはできない」とちゃんと言ってもらえる人間になることです。

 あるとき自分の言動が、「自分は絶対にこんな風にならない」と思っていた人の言動とそっくりであることに気づいて絶望的な気持ちになったことがあります。その人は感情の起伏が激しくて、「自分の言動でその地雷を踏んでしまったらどうしよう」って緊張して関わっていた。それってある意味人間関係における脅迫だと思う。私は二度と絶対にそんなことしたくない。

私を助けてくれた友達とか周りの方にも、なんだかそういう気の張り方をさせてしまっているような気がしてならない。申し訳ない気持ちになります。これは言葉でそう伝えるだけでは多分だめで、ちょっとずつ信頼を積み重ねていくことが大事なんだと思います。がんばります。

 

7.これからのはなし

さて、話しが広がりまくって、自分の研究と、生い立ちと、学生生活を振り返って、どうつながってるかについてぶぁーっと書いてみました、ここまで約3時間ノンストップ、わろた。笑

 完全に思考メモみたいになってますが、最後に少し今後の話を書きたいと思います。

 

・就職するよ!

 ITコンサルになるってよ。笑

 「社会福祉士も精神保健福祉士も持ってるのになんでソーシャルワーカーやらないの?」「もう福祉のことはやらないの?」って聞かれるんですが、とりあえずコンサルやってみることにしたという感じです。経営のこととかIT云々のことは、福祉業界でもニーズが高まっているのに苦手とする人が多いなぁというのが個人的な印象。(ぶっちゃけ、私も苦手だよ)私は将来フリーランスになりたいと思っているので、福祉業界が苦手とするそれらのことをたたき込むことと、研究などで考え続けてきた福祉について問い続けること、そしてようやく関心があると言えるようになってきたデザインについてもっと勉強すること、まずはこの3つの切り口(もっと増えたらうれしいな)から可能性を探っていきたい所存です。どうなるかなぁ。できるかなぁ。

 このたび簿記2級に無事合格できたので、4月入社します。まずは徹底的にプログラミングをたたき込まれるらしいです。というか、11月以前に簿記に合格していた同期は、どうも私が簿記に悪戦苦闘している間、プログラミングの研修を既に受けているそうで、入社する前から既に色々出遅れている感が否めません。笑

 でもまぁ、私はマイペースの申し子なので、焦らずひとつずつ積み重ねていきたいと思います。独学で簿記やるの、本当に辛かったし、最後まで受かる気しなかったけど、ちゃんと合格できたので少し自信になりました。(問題は使えるかどうかって話だけど。)

 面接の時に、私は自分の絵持っていって「こういうこと考えながら物つくるの好きなんです」という旨を、言えそうだったら言ってたんですが、ここの会社は最初から最後まで「これ、面白いね」と言ってくれました。入社後の仕事のイメージが全然湧かないんですが、「人の話とか見たものとかを元に考えながら物をつくる」というのが私の好きなことの本質なので、そういうことができたらいいなぁと思うし、あわよくばそこに「デザイン」というキーワードが入ったら嬉しいなぁと思います。

 何年働こうとか、その後何したいみたいなことは考えてますが、あんまり縛られずにまずは今まで通り面白いと思うことに一生懸命になってみようと思います。

 

・どう生きるか、みたいな話

 誰とは名前を出しませんが、私には「この人みたいになりたい」という憧れの方が3人います。どの方も仕事も経歴も住んでるところもバラバラなんですが、3人に共通しているのは「新卒で数年間企業で働いていたこと」「仕事や関わる人の話をすごく楽しそうにすること」「びゅんびゅん日本中世界中とびまわってること」

彼らの辿ってきた「新卒で数年間企業で働く」という段階を私も辿るわけで、憧れの先輩の背中を追いかけていきたいなーと思うところです。

でも、考え始めると自分の人生において望むことってどんどん増えてきて、色んな事との兼ね合いどうしようとか杞憂します。笑

 だからちゃんと書いておきたい、その時々の自分の直感を信じたい。あと、たくさんは会えないのだろうけど、私の直感が本当に面白いと思った人たちを大事にしていきたい。そうすれば、世界中どこで誰と何をすることになっても、悪いようにはならないんじゃないかなぁと思います。

 

8.おわりに

 最後に、またゼミの先生の話なんですが(笑)

 タイに行くと決めた時、私はタイに行って何をするかみたいな目的づくりに躍起になってました。大学院に来た時もそうで、周りの人たちはもう働いているのに自分は学生で、何か意味のあることをしなくちゃ、意味のあることができるんだろうか、大学院まで来て自分にその価値があるのか、とか諸々いつも悩んでました。そしたらゼミの先生が言うんですよ、「別にそんなのなくてもいいんじゃない?」って。現地で考えられることを考えてくればいいじゃないって。私がゼミでごにゃごにゃしたままのレジュメ作って持っていったら、「今何を考えているのかよくわからないけれど、いつか必ず言葉にして僕たちに説明してくれるだろうから、僕たちはそれを待ちましょう」って言うし。一時帰国した時も修論の相談したら「タイにいる間は修論の事を考えるなど無駄な抵抗はやめましょう」…本当にその通りなんですが。笑

先生は、私が自分の書きたいことを自分で言葉にするのを、ずっと待っていてくださっているんです。私はそれだけは絶対に絶対に裏切ってはいけないと思っているし、だから何が何でも紀要を書いてやると思っています。

 

ここらへんでやめときます。いつかまた書きます。

To be continued…笑 

 

トビタテ二次面接④【プレゼン発表のコツ編】

こんにちは、明日成人式のみなさまはおめでとうございます

成人式発祥の地出身のちるえです。

(でも自分の成人式にはデンマークに留学していたため参加していない←)

 

 

さて、トビタテ8期の二次面接まで1週間切りましたね。

バタバタしている頃かと思われます。

 

今現在私も修士論文の発表会でヒーコラしているもので、トビタテ関連のことにはあまり関与できていないのですが、個人的に来た依頼に関してはできるだけお応えするようにはしています。私にとっても貴重な学びの機会なので…

 

chi-mogu.hatenablog.com

まぁ、私はただの大学院生で大したアドバイスは正直できないので

諸々の記事や言及内容については、あくまで参考程度に捉えていただけると幸いです。

 

今回もその体で書きたいと思います。

 

ちょうど今頃は、大体プレゼン資料が完成して練習するか~となっている頃でしょうか。

そしてやってみたら「あれ、4分におさまらない」(死)

みたいに焦るんですよね←

 

前回は「構成のコツ」がテーマだったので、今回は「発表のコツ」について書いてみようと思います。

 

①綺麗な言葉を濫用しない

少し話しが逸れますが、私が修士論文を書いていた時にゼミの先生に口酸っぱく言われたことがあります。

「一般論に落とし込まないこと」

 

一生懸命何かを考えていると、どうしても綺麗な言葉でまとめなければみたいな意識が働いてしまうんですよね。その言葉を使っている自分としては「よし、まとまった」と思っていても、いざ誰かに話してみると「それってどういうこと?」って伝わらないこと、結構ある。

 

みなさんのプレゼンの中に

「多様性」「最先端」「視野を広げる」「専門性」「異文化」「社会問題」

みたいな言葉はどれくらい登場していますか?

 

これらの言葉を使うこと自体が問題なのではなく、「それって具体的にどういうことか」という説明がなされないで使われてしまうと、「かっこいいこと言っているけれど、よくわからないなぁ」ということになりかねません。

 

この打開策としては、自分がいかにマニアックな人間になれるか、という視点で見直してみる、というものがあります。

 

例えば、「貧困問題の解決のために、最先端の研究を行う○○大学に研究留学する」と言いたいとします。

マニアックな人間の視点で修正を図るとすれば…

・「貧困問題」って具体的にどういう状態?何故それが問題だと思うのか?

・「最先端」の研究とは何か。何がどう最先端なのか?何故そこに着目したのか?

 

ここまで来て既にお気づきの方もいるかもしれませんが、上記で挙げたような言葉は一般的によく用いられますが、具体的に何かを説明する言葉ではないのです。なぜなら、抽象的で色々な解釈の余地があり、自分の意図と相手が言葉を聞いて持つイメージが一致するとは限らないからです。だから気をつけなければならないのです。

 

というわけで、便利な言葉を以てひとことでまとめたい気持ちをぐっと抑えて

「この留学をするのは他の誰でもなく、私じゃなきゃいけないのだ!」という他の人が目を向けないようなマニアックな視点(オリジナリティ、とも言えるかもしれない)で言葉を選びます

 

「貧困問題の、特に学力格差が生じている現状を打開するべく、地域に根ざした大規模な調査を実施している○○大学の調査に携わる研究留学をする」

 

こんな感じでしょうか。ここに、前回書いたような「源」が盛り込めたら最高です。

 

 

②周りを見る

ここからは内容というより発表の心構えみたいな話です。

スクリプトを用意する人も多いと思いますが、個人的にはスクリプトはなくても良いかなぁと思っています。箇条書きぐらいのメモで良いんじゃないかと。

書いた文章と、実際に口頭で話すことって違うので、書いた文章の通りに固執してしまうと聞いてる側はちょっと違和感を感じることがあります。(あくまで個人的な感想です)

 

誰かに自分の話を聞いて欲しい時、相手の目をじーっとまでは見れなくても、顔見ますよね。同じです。

トビタテの面接は少人数でやるので、大衆に向けて話をするというよりは、目の前の人に聞いてもらうスタンスの方が強いです。

 

なので余裕がないと難しいんですが、プレゼン始まる前に面接官や同じテーブルのメンバーの顔を見渡して「こんにちは!宜しくお願いします!」みたいににっこり笑って元気よく挨拶してから始めてみてください。

自分のプレゼンを聞きたくなるような雰囲気づくりです

 

③100回練習する

昨年9月に留学成果報告会に参加してきました。

その時の様子を掲載していただきました。

eedu.jp

もう、このプレゼンも色々あって心臓に悪いギリギリ祭だったんですが、ここでのプレゼンも4分だったんです。前日まで6分切らなくて、本当に焦った。

 

プレゼンをブラッシュアップしてくださった方に言われたのは「100回練習しよう」でした。バッタバタしていて100回も練習する時間ないっす・・・!!!と心で叫びながらも、実数は数えていないですが発表の直前まで時間を計ってイメトレしてたおかげか、当日には時間内に収まりました・・・奇跡・・・

 

練習は本当に侮れません。

 

なんでもそうだし、このブログでも腐るほど言ってるんですが、イメージと実際って本当に違うんですよね。だから想像の補完とか一般論を打ち破って、実際にやってみることに価値があるんです。留学もそうだと思うんです。

 

みなさんのプレゼンや言葉は、ちゃんとみなさんのものになっていますか?

他の誰でもない、「私が」留学するんです!というものになっていますか?

 

 

上の成果報告会で、トビタテのプロジェクトディレクターの船橋さんに仰っていただいたことがあります。

「君の絵の価値は上手さじゃなくて、そこに表われる人間性」

嬉しかったなぁ

 

当日は本当に色んな人がいて、圧倒されることもあるでしょう

でも、見た目とか、方法論とかに、惑わされてはいけません

本当に本当に大事なのは、自分のすごさとか、かっこよさとか、

そんなものはどうでもよくなるくらい

自分が何に情熱を注ぎたいのか、それを伝えられることなんだと思います。

 

 

みなさんの伝えたいことが、ちゃんと伝えられることを真っ白銀世界の札幌よりお祈りしています。

うおう2017年終わるのか

お久しぶりです(毎回言ってる気がする)

 

気づけば夏から更新していなかった・・・みなさんお元気でいらっしゃいますか?

 

もう2017年も終わりですね

どんな1年だったでしょうか

 

私ですか?

うーん

相変わらずバタバタしてます

 

色々ご報告できてないんで簡単に書きますと

 

4月  ミラーから帰国。修論と就活をゼロから始める。でもまだボケボケしてる

5月  見よう見まねで就活開始。修論はレジュメを持って行くたびに「なにこれ?」と言われてしまう。

6月  「あ、ここ行きたい」という企業に出会う。クエスチョンマークが尽きない、当然内定など出ない。キャリアフォーラムに参戦する。修論どころではないけどやらなきゃいけないジレンマ。

7月  内定が出る(でも簿記二級に合格しないと入社できない)本命企業に向けて独学でホームページ作成。修論レジュメ持って行って初めて先生に「はじめてなんとかなるかもしれない」と言われ首の皮がつながる

8月  修論発表会を乗り切る。本命企業に落ちる。台湾に行く。

9月  トビタテ事後研修。成果報告会のプレゼンで新興国2位。

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2位は嬉しいような悲しいような。でもたくさん嬉しいお言葉をいただいて勇気が持てました。

あと函館に旅行。

10月  修論と簿記の勉強に追われ始める。ここにきてようやくゼミの先生に修論執筆のGOが出た。

11月   朝5時起床、23時就寝、それまでずっと研究室で簿記と修論。ほぼ人と喋らずツイッターが捗る←  そんなことやってたら精神が荒んで全然集中できないわ禿げるわ難聴になるわで辛かった。簿記は落ちたので来年2月にまた受けます。

12月  簿記はとりあえず置いといて修論に集中。パーツは用意していたけど、1ヶ月で90ページ以上書いた。無事出せたは出せたけど中身が死んでいる。間伐入れず年明けすぐに発表会資料(紀要に直結)を出さねばならず死んでる年末。とりあえずよく寝て少し回復気味。

 

 

書きたいこといっぱいあるんです。絵のこととか、デザインのこととか、研究のこととか。

でも全然心に余裕がなくて。

自分のことばっかり考えてて、本当にしょーもないなって嫌になったらするんですが

本当に申し訳ないのですが、今はどうか許してください、春になったらいっぱい恩返ししますから・・・

 

って気分です。

 

私の今年の漢字は「独」です。ドイツではない笑

孤独の独、ひとりで研究室で泣きながら作業したり、ひとりで就活どうしようって泣いてたり、よく泣いた1年だった・・・笑

そんな中でも繋がった人もたくさんいて、ステキな出会いがたくさんあった

 

こんなに独りなことが今後あるだろうか。今までチームでなにかとやることが多くて、人間関係のストレスは感じたことあるけど

ひとりで焦って追い詰められて行くストレスって初めてだった。そしてそのストレスに私は弱いってこともよくわかった。今後気をつけます。

はやくハゲ治らないかなーーーーー

あー、ミラーがなつかしい。何度帰りたいと思ったか

 

 

というわけで今が正念場というご報告でした

時折書いたりしますので、どうかみなさまゆるりとお付き合いください

 

 

あ、トビタテの8期でましたね

ちょくちょくご連絡いただいております

健闘を祈ります・・・!

あいかわらずのひきつづき

お久しぶりです。

 

気づけば2ヶ月以上更新していませんでした・・・

 

夏休みシーズンですね

札幌も蝉の声が響くいい天気です

 

 

2ヶ月の間何してたの?と言われれば

「就活と修論」に尽きます

 

札幌と東京を行ったり来たり・・・この2ヶ月の間に飛行機で5往復以上しましたが、道民就活生からすると私はまだ少ない方です

 

就活はおかげさまで一社内定いただき、本命企業の選考にようやく進めたところです。

 本命企業を受けるにあたり準備に2ヶ月かかってしまいました。

 

その間に色んな企業を受けて、怒ったり喜んだり悲しんだり嬉しくなったりしながら、刺激を受けました。不器用なので大変苦戦しましたが、まぁ何事も経験ですな

(今だから言えるけどめちゃくちゃ病んでた←)

 

ここらへんは話すと長くなるのでまた後日・・・

 

修論は8/4に中間発表があり、ヒーコラ言いながら用意しているところです

正直帰国してからぜんっぜん集中できなくて、ゼミの先生にもゼミのたびにフルボッコにされ温かくご指導いただききながらも、もう修了できないんじゃないか?という不安でいっぱいです(´;ω;`)

 

でも、それでもすこしずーつ進んでいる、はず、なので

焦らずにできることを着実にやる、これしかないですね

 

7月中旬、就活がひと段落して、ようやく少し落ち着いて修論に臨めるようになりました

私の書きたいことは、なんだかんだ私の活動と考えてきたことと、どこか繋がってるような気がします

今はうまく言葉にできませんが・・・

 

もにゃもにゃします〜喉元というよりは、気管支ぐらいまでは出かかってるのに

 

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これも後日説明しますが、最近作ったものです。タイトルは「connecting the dots」

スティーブ・ジョブズのスピーチで有名な、あれです。笑

 

このdotsは全て私の作品・写真でできてます。改めて見ると色々作ってきたんだなぁ〜と感慨深いです(いっぱいあって選抜かけるのが大変だった・・・)

 

Dotsのひとつひとつに臨んでいるときは、もうがむしゃらで、何の役に立つとかそんなことは考えていなかったけど、私の中に小さく小さく確かに積もっていたのかもしれないなぁと思えました

 

最後の大本命の企業の就活もドキドキだし、修論も半泣きですが、きっといつかどこかでつながってくるだろうと信じて、やるしかないっすね、やったります、がんばります

 

 

夏休み、もし時間ができたら書きたい記事・描きたい絵をまとめておきます

・文化人類学的就活

・メンタル激弱とは何か?

・さっぽろさんぽ

・民族衣装研究会

リクエストも出来る範囲で受け付けます、お気軽にどうぞ〜

 

 

かき氷がたべたい

食べるって難しい

最近食べてるものの栄養が知りたくてアプリで記録取り始めました

 

基本的に三食自炊してます(それか一食は外で買う)

 

元々野菜は好きなので、野菜とタンパク質と炭水化物・・・みたいなことしか意識せずに今までやってきたんですが

 

記録を取り始めて感じたこと

①炭水化物のカロリーたかい

②外食のカロリーたかい

③塩分と飽和脂肪酸のコントロールむずい

 

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 ここ1ヶ月の私の記録です

5月はゴールデンウィークらへんに帰省して友達と会いまくっていたら途端にカロリーオーバーであった

 

そんで、これはやばいぞと思って、自炊の時に炭水化物気をつけようとか、油取りすぎないようにとか、食べ過ぎないようにとか考えていたら、総合的にみたら炭水化物が足りないとか言うじゃないか

 

なんでやねん

 

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下に書かれてるやつとか全部外食だからね(叙々苑めっちゃ美味しかった←)

 

外食恐怖症になりそう

 

 

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全然達成できないんだけど。

 

 

ゲームでもなんでもハマると大分長いことのめり込んでしまうので、ほどほどに楽しみたいと思うです

 

ちなみに、ミラー財団に来ていたマッチョのボランティアさんが

「糖質制限ダイエットはたしかにすぐ効果出るけど、身体ボロボロになるよ」

「CMでよくやってる某ダイエットのジム、短期間で成果出るみたいなこと言ってるでしょ?あれ成果を出すのは簡単なんだけど、維持するのが難しいんだよね。糖質制限って栄養士付いてないと難しいところもある。だから短期で成果出して辞めるとすぐ身体が元に戻る。そんでまた始まる。無限ループ、そうやってビジネスが成り立ってる。笑」

 

「なんだかんた、やっぱりバランスのいい食事が1番だよね」

 

「ゆーて、科学は日々進歩してるから、今俺が言ってることが数年後正しくないみたいなこともありうるから、それも伝えておくよ」

 

だそうです

 

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美味しいものと楽しい食事は大事な心の栄養です

 

 

 

 

余談ですが最近漫画描き始めました←

これについてはまた後日・・・

サナダムシでてきた③ーさくらさんに報告ー

今日は書き物が捗るので書けるもの書いちゃうぞ

※爬虫類の写真があります、苦手な方は注意です

 

 

サナダムシの話を色んな人にしてるんですが、みんな揃ってビックリします(ですよね)

 

でも1年しかいなかった私でさえいたのだから、ずっと住んでるタイ人なんて絶対いるじゃんか・・・と思ったり

 

さくらさんに聞いてみよう〜と思っていたところに、さくらさんの方からラインがきた

 

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おおおおおお久しぶりのトッケイ

 

今じゃヤモリどころかアリすら見ない生活です・・・おひさしぶり・・・

 

トッケイがネズミ捕りにかかっちゃうのは時々あって、私はネズミは仕留められてもトッケイはしんどい(私がいた時はタイ人インターン生が木の棒ではがして逃がしてあげたそうです)

 

そんな導入もあって、サナダムシ報告をする

さくらさん「わーーーーーー!私も何度も飼ってるよ!」

 

やっぱり(;゚;ж;゚; )

 

タイでは薬を飲むだけらしいです。強いんだろうか・・・私も薬だけで出したいよ・・・(´;ω;`)

 

 

さくらさん「さっさと出しちゃいなね、危ないから」

 

危ないんですか(´;ω;`)(´;ω;`)(´;ω;`)

 

 

 

まぁ、まだ何の種類か突き止めてないからなぁ

採取できてないし←

てか、あれから出てきていません

もしかして全部出終わったんじゃなかろうか!!

 

だといいんだけどな・・・

そうじゃなかったときが怖いので、やっぱり検査はしますよ・・・

 

 

あー再来週かーーー