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ちるえさんの自由帳

1年間休学してタイのNGOでボランティアをしたトビタテ院生の日々と頭の中とお絵かき

「周り」と自分が違うということ。」

そういえばミラー財団ってなに?
と思ってる方少なくないはず。

実は私もわかっているようで分からないことも多いのです。
現在山岳民族は、経済的な貧困、人身売買、麻薬の乱用、文化・伝統の侵食、無国籍、初等教育不足、差別や偏見など、多くの問題にさらされています。(ミラー財団HPより引用)

いろんな問題を抱えているとのことは、私も来る前から知っていました。でもその問題って具体的にどういうこと?そしてどうしてその問題が起こっているんだ?ということは、まだよくわかってなかったりします。それを知るために、ここにいるわけですが。

ミラーに来て1ヶ月と少し、いわゆる山岳民族の方と日々関わっているわけですが「問題・・・?」という印象。
きっとミラーに来るボランティアの方も同じ印象を受けた方も多いと思われる。

でもそう思っても仕方ないんじゃないかと。なぜなら、おそらく偏見差別や人身売買などの問題の本質は、山岳民族の方たちだけではなくて、別の人が関わってきた時に顕在化するんじゃないかと思うからです。別の人とは、「山岳民族の方と同じ社会で生きているけど、いわゆる山岳民族ではない人々」例えばタイ族の方などを指します。

そこで前から疑問だったこと「山岳民族の方ってタイの中でどういう位置付けなんだろう?」
今日、同じ部屋に住むジェンちゃん(23歳、タイ東北部出身、タイ族、日本語上手)に質問してみた。

Q.ジェンちゃんの周りには山岳民族の人はいた?
A.いなかった。山岳民族は北部が中心。
Q.山岳民族の人って、一目でわかるもの?(私には全然わからない)
A.わかる人もいる。わからない人もいる。
Q.山岳民族の人ってどういうイメージ?
A.タイ語が上手じゃないイメージ。(事実40代以降の人で民族の言葉しか話せない人は多いとのこと)だから学校に来て「タイ語が変」と笑われてしまうことがある。そして、学校に来なくなってしまう。

・・・なるほど。同じような質問は、今後も色んな方にしていきたいなーと思っています。

さて、突然ですが日本にはこんな有名な詩があります。
「みんなちがってみんないい」
金子みすゞさんの『私と小鳥とすずと』です。私は国語の教科書でやりました。

この詩に共感する方も多いと思いますが、そこには大前提があることを忘れてはいけません。
それは、みんな違っているということです。
この詩では「私」「小鳥」「鈴」が登場しますが、この三者を同じ秤で比べることはあまりないでしょう。だから違うとすぐ思える。
では、人間だったらどうか。
日本人、アメリカ人、トルコ人・・・などなど髪の色や肌の色が違ったら、違うと考えやすいかもしれません。
じゃあ日本人だったら・・・どうやって比べますかね、県民性とかでしょうか。笑
日本人レベルになると、違うところ探しな部分も出てきます。私たちが生活している中で違っていることってあんまり意識しない。

前置きが長くなりました。ここから今日のことです。

本当は今日バイクを買いに行く予定でしたが、明日に変更に。
土いじりが終わった後、お昼ご飯まで少し時間があり、ゆったりしていたら、目の前にアソーさんのバイクが。「乗ってみる?」
乗ってみることに。

私は日本で車の運転をあまりしないペーパードライバー。そして原付にも乗ったことがなかった。
アソーさんのバイクはマニュアルで、ギアの説明を受けるが、よくわからない。
バイクも右手を捻れば動くらしいこと、右についてる自転車みたいなブレーキで止まることも知っていた。

実際にやってみる。

私の中で想定外のことが。なんと自転車みたいなブレーキを使うと同時にアクセルも捻れてしまったのである。
肝を冷やす転び方をしてしまった。

あの時の周りで見ていた子どもたち、スタッフの「え、冗談でしょ」という顔を、私は一生忘れないだろう。

タイの人たち、ましてや子どもたちですらスイスイ乗り周りしている、バイク。私はそれに乗れなかった。周りの人はきっとなんで乗れないのか理解できなかっただろう。

私も思ったよ、なんであんなスイスイ乗れてるのさ・・・そしてみんなできるのに、なんで自分にはできないんだろうか。なんで自分は周りと違うのか。

危ないから私はバイクを買えないことになった。練習するつもりだと言ったが、自転車とかでいいんじゃないかと。たしかに、どんな自転車買おうかなーとか、考え始めていた。自分にはできないんだから、仕方ない。

でも結局買えることになった。きっかけは、同じくボランティアをしているだいちゃん(23歳、京都出身、教員免許所持者)の一言だった。
「今は乗れないですけど、練習しなかったらいつまでも乗れるようにならないと思います」

たしかにそうだ。危うく本当にバイク乗れない人になるところだった。
私はバイクを買ってミラーの敷地内で練習して乗れるようになる。パヤヤン(頑張る)するのだ。


今日私が学んだこと
・「みんな違って」「みんな良い」は難しい。
・ひとりが周りと違う時の孤独感と無力感
・↑「どうせ自分は」と諦めてはいけない

山岳民族の方が今までと違う世界に出るようになると、同じに扱われることと違うことのジレンマが出てくるんじゃなかろうかと。今日のバイクの一件は、それを示唆していたように思いました。

不安ですが、バイク。
でも自分ひとりで出かけられることは、私の精神衛生にとっても必要なことなので、頑張ります。