ちるえさんの自由帳

タイ・チェンライのNGOで1年間ボランティアをしたトビタテ生の日々と頭の中とお絵かき

メンタル激弱人間の「留学」という生存戦略

わたし
メンタル
激弱です。
 
そんな風に見えなーい、とよく言われますが、そのギャップが時に悩みの種だったりもします。
 
留学ははっきり言ってストレスフルです。準備も行ってからも・・・まぁ留学に限ったことではなく、新しいことへの挑戦はなんでもそうですね。
 
今回はメンタルの弱い奴が留学するとどうなるか、という一例をご紹介したいと思います。
 
 

当方、2012年8月〜2013年2月まで

デンマークコペンハーゲンに交換留学していました。
留学とはいっても、大学にはほとんど行かず学童保育での実習がメイン。
座学嫌いの私には美味しすぎる内容だった。
机に座らないこんなに美味しい言い訳が他にあるだろうか。
 
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デンマークは、まさにおとぎの国。
かわいい街並み、お城、全てが物語みたい。
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家の裏にはクリスチャニアという
ヨーロッパ最大の
ヒッピーのコミュニティ
がありました。
緑色のランプ目当てで、ヨーロッパどころか世界中から人がやってきます。
独特の雰囲気を醸し出していた・・・
もちろんビビリの私は散歩だけで素通りです。
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コペンハーゲンは小さな島にある。
すぐ近くが海。
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1日中ずっと同じ天気であることは珍しい。晴れたり雨が降ったり・・・
その分、虹がよく見えたりする。
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かの有名なアンデルセン童話のアンデルセンはデンマークのオーデンセという町の出身。オーデンセはコペンハーゲン以上におとぎの国だった・・・
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お散歩が楽しい。
 
 
デンマークでの半年間はあっという間で充実していました。
でも何度もメンタルがオワった。
 
例えば語学の問題。当時は今よりももっと英語が話せなかった。デンマーク人は大抵英語が話せると言っても、
私がビビって
話せない。 
 
更には学童保育にいる子どもたちは英語教育が始まってないので
デンマーク語しか話せない。
デンマーク語は英語とドイツ語をミックスしたような言語らしいが発音が難しすぎる。かの有名な中田英寿氏ですら「デンマーク語は無理」
と言ったほどである。
 
まじかよーーーと最初は思ったけど
適応するのが人間である。
結局留学して英語力はそんなに上がらなかったが(当然デンマーク語は全くできない)
躊躇いは薄らいだ。
伝わらなければもう一度説明してみればいいし
わからなければ「それってどういう意味?」って聞けばいいのだ。
 
あと自分が無能なのを痛感した。留学生活で1番辛かったのはこれだった。
半年間同じ大学の院生の先輩と住んでいたのだが、その方がとにかくすごかった。
なんでもできた、料理も上手くて言語の習得も早くて何事もスマートで。
私は情緒不安定劣等感の塊で、人と自分を比べてしまうタイプだったがゆえ
デンマークの半年間は自分との戦いの半年間となった。
 
留学という名の戦いの末に得たのは
行動力だった。
 
例えば私は初めての場所に1人では行けない人間だった。デンマークへは1人で飛行機に乗ったが、空港に向かう途中、プレッシャーで2回吐いた。こわいから留学中はできるだけ外に出ないように、お金をかけないように・・・そんなことを考えていた。
その話を同居人の先輩に話したら笑われて「もったいないよ」と。
 
本当に、その通りである。
 
その後、だんだん私の中で「ひとりで出かける」という概念ができてきた。
行きたいと思ったところに出かける、見たいと思ったものを見る。
頭で考えたことって実現できるんだ!
という経験を積み重ねた。
当たり前といえば当たり前のそれが、
私にはできなかったのだ。
 
近くの公園への散歩に始まり、電車で足を伸ばし出かけて、クリスマスには飛行機に乗ってスウェーデンのストックホルムへ一人旅をした。
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「森の墓地」
ひとりで雪深いお墓を散歩する20歳のクリスマス。ワロタ。
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「知識の壁」森の墓地と同じデザイナーさんによりデザインされた図書館。
 
そして帰国直前、小学生からの夢だったポーランドのアウシュビッツ強制収容所へ
一人旅。
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ポーランド語は「ジンクーイェン」(ありがとう)しかわからなかったし、英語も通じにくかったけど、ごはんが安くて美味しかった、特に身体があったまるスープ。
忘れられない味である。
 
そんな感じで、正直なことを言えば、結果的にメンタルはあんまり強くならなかった。
でも、変わったこともある。
ネガティブに打ちひしがれるのではなく、あれやこれやとなんとかするべく
もがけるようになった
メンタル弱いくせにメンタルに負担をかけるような挑戦ばかりしているのは、私なりになんとかしたいともがいているからなのだ。
その様子は泳ぎ続けなければ酸素が得られず死ぬマグロ
まさにそれである。
 
(ゆえに、メンタル弱いように見えなーいと言われてしまう)
 
自分を救えるのは残念ながら自分だけだ。でも、頭の中に何かを描いて、それに挑戦し飛び込んだ先には、思いもしなかった自分が助かるアイデアがあったりする。
 
魔法のように、あっという間に、問題は悩みが解決されることは少ない。
少しずつ、唸ったり七転八倒しているうちに、
いつの間にか悩んでいたことすら忘れてしまっている。
挑戦には、そんな面白いおまけがついているのだ。
 
これを書いている今の私にも、忘れていたかつての悩みがあるし、長い間取っ組み合ってる未解決の問題がある。
時々足がもつれて、弱さに飲み込まれたり足を踏み外したりするが、それでも私は挑戦し続けている。
 
それが、私が留学を経て得た
生存戦略である。
 
万が一ずっこけても、何とかなる。
大丈夫。私はデンマークでも、その後の札幌での生活でも、私は弱さに落ちても戻ってこられた。
 
タイでの留学生活も、ゆるりとしながら
自らで心の平穏を創り保てるようになる特訓だったりします。
今のところ、頑張ってます。
 
メンタル激弱人間は、おかげさまで今日も元気です。