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ちるえさんの自由帳

1年間休学してタイのNGOでボランティアをしたトビタテ院生の日々と頭の中とお絵かき

カンボジアで学びたいこと

さぁいよいよ明日から旅行スタートです。ドキドキしてます。 

まず最初の目的地はカンボジア・プノンペン。チェンライから飛行機で向かいます。

 

以下はカンボジアで学びたいことについて、私の頭の中を整理して書いたものです。長いですし、ナチスやらポルポトやらのトピックが出てきます。苦手な方はご注意ください。

 

 

 

 

長いことカンボジアは行ってみたい国のひとつでした。

 

カンボジアでやりたいこと

・ポルポト系の博物館をめぐる

・クメール語を覚える

・アリ料理を食べる

・ビール飲む

・プノンペンのイオンに行きたい

・カンボジア人と話してFacebook友達1人以上つくる

 

カンボジアといえばポル・ポト、のイメージが強いのは私だけでしょうか

 

いちおう「ポル・ポトって?」という方のために説明しておくと

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その結果、都市部に人がいなくなり、私たちの生活の中でごく当たり前にあるものが内実ともに壊れ、ウン百万人の人が亡くなり国民の85%が14歳以下というもはや想像できない

でも、1975年から1979年まで起こっていた、ほんとうの話です。

 

ちなみに、同じく大量虐殺の文脈で語られるナチスドイツですが、改めて考えてみると本質は違うんだなぁということに気づきました。

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ナチスはユダヤ人を根絶やしにすることが目的だったので、1度に多くの人を「効率よく」手を下す方法が優先的に取られました。ガス室が有名ですね。

対してポルポトたちは、反逆者を「処刑」することが目的でした。だから「一人ひとりに」手を下す方法が優先的に取られました。と、調べてそう思いましたが間違っていたらごめんなさい。

 

みなさん、思いませんか?

「こんなとんでもないことが起こってるのに周りの人たちは何してたの?」

私も思いました。ずっと思ってました。

 

その疑問にケリをつけるため、私は大学在学中に2箇所のナチスの強制収容所を訪れました。

ひとつはポーランドにあるアウシュビッツ

もうひとつはドイツにあるラーヴェンスブリュック

というところです

 

アウシュビッツは当時留学していたデンマークからひとりで向かいました

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暖冬だったとはいえ、2月のポーランドは冷凍庫のように寒かった・・・

日本人のガイドさんに案内していただいて回りました。

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こちらはラーヴェンスブリュック。ここには日独学生青年リーダー交流事業

(下記リンクに詳細あり。すごく良い学びと経験ができます。そして格安でドイツに行けます。オススメです↓)

機構本部教育事業一覧 | 独立行政法人 国立青少年教育振興機構

というプログラムに参加して訪れました。看守が使っていた宿舎に宿泊しながら、ドイツの方々と偏見と差別についてディスカッションしました。

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これはたしか「日本人」に抱くステレオタイプについてのブレインストーミング。

こういう内容を改めて議論するのはすごく面白かった。

 

行ってみてもまだまだわからないことは多いですが、強く印象に残ったことがあります。

 

それは社会の持つ大きな力ってやべーなってことです。

 

ナチスがあれだけ力を拡大できたのは、彼らの話術やプロパガンダだけだはなくて、当時のぼんやりと不安な社会状況にそれがマッチして響いてしまったからなんだろうなーと。

 

そう考えると、私たちも他人事ではないんじゃないかと思うのです。

 

たとえば、今フィリピンで某大統領が恐ろしい公約を掲げて話題になっています。

ナチスとポルポトの話をした今、聞いてみたい

「社会の悪」と思わしき存在をカットしたその先に、何が起こると思いますか?

 

イギリスがEUを脱退したのも

夜中に「障害者は不幸にする」と言って施設に侵入してしまった殺人事件も

生活保護をめぐる議論が止まないのも

 

どこか、同じところに通じている気がするのです。

 

自分は関係ないと思ったら、たぶん相手の思うツボ。漠然とした雰囲気が、やがて世論をつくっていく。そう、たかがひとりでも、それがひいては大きな力になる。

 

社会の持つ大きな力がやべーと思うのは、そういう理由です。

 

ミラー財団は、社会へのアプローチに力を入れています。聞くところによれば決してそれは表面上だけではないようで、私はそこから学びたいことがたくさんあります。

 

誰かを助けたいとおもったら、当事者だけにアプローチしてもだめで、もっと大きく、彼らを取り巻く人々にも働きかけなきゃいけないのだ、というのは、予てから感じていることです。


私がカンボジアで知りたいのは、ポルポト政権下で何があったか、と同時に
その後カンボジアはどうしたのか?

今カンボジアは何を考えているのか?

ということです

 

ポルポト政権が終わって、色んな支援団体がカンボジアに入ったと聞きました。そこにはどんなストーリーがあるのか、とても関心があります。ミラーに何か持ち帰れたらなーとも、思います。

 

たった1週間の滞在で、何かが明確に見えるとも思えませんし、もう正直何がわからないかもわからないんですが←

 

百聞は一見にしかず、案ずるより産むが易し

とりあえずは無事に上陸して帰ります。笑

 

長文にお付き合いいただきありがとうございました